
2025年5月
IZAKAYA⋯
モツ煮込み、お刺身の盛り合わせ、ねぎまにつくね、揚げたての唐揚げ、〆の焼きおにぎり⋯居酒屋でしか味わえないフルコース。日本の大衆居酒屋には特別な魅力があります。東南アジアを訪れたときに屋台の空気につい身を委ねたくなるあの感じと少し重なります。
とはいえ、お酒がほとんど飲めない身からすると、あの分厚いお酒のメニューに対して、もう少しだけノンアルコールの選択肢があってくれたらなと思ったりもします。
「瀬戸内レモンをぎゅっと搾った強炭酸スカッシュ」「高知産生姜を使った自家製ジンジャーエール(辛口)」「紀州梅と紫蘇のスパークリングウォーター」みたいな。
そうしたお店もあるにはあるのですが、非常に稀なので、結局、居酒屋に入ると、何も考えずに「烏龍茶」を頼んでしまうことが多いです。『孤独のグルメ』の五郎さんのように。
そんなことを考えながら、一時帰国の日本滞在も残り僅かとなった夜に、両親と妻と4人で都内のとある居酒屋さんに入りました。

案内されたテーブルから店内を見渡していると、視線の先に、ひときわ目を引くおばちゃん。
大きな声で「いらっしゃい!」と客をテーブルまで案内し、そのまま厨房で受け取った料理を手に慌ただしいホールをひょいひょいと軽やかに歩いています。
若いスタッフが二人がかりで運ぶような、湯気の立つ重たい鍋料理を、彼女は片手でひとつずつ持ち上げては、涼しい顔でテーブルまで届けます。
無駄がなく、しなやか。
テーブルに料理を置く際にもトレーは安定し、決してブレない。
外国人のお客さんが来れば、「How many?」と人数を確認し、料理を待つお客さんには「Your order come?」と笑顔でたずねてます。必要な言葉をシンプルに気持ちをいれて伝えるので、英語圏ではない外国人観光客にもわかりやすいです。
すごいのはそれだけではありません。注文はスマートフォンでとり、タイミングをみては、レジのヘルプまで。そして、会計を終えると、すでに次のテーブルへと向かって小走りしています。
美味しい食事を求めてきた居酒屋で、気づけば、僕たち家族はそのおばちゃんにすっかり夢中になってしまいました。日本人、外国人のスタッフがいる中で、圧倒的な存在感です。

食事をしながらも、気になって、おばちゃんを目で追っていると、タイミングよく、注文した料理を彼女が持ってきてくれたので、話しかけてみました。
「おばちゃん、若いスタッフもたくさんいるのに、一番動いてません?」
「そうでしょー。でも、私、80代だからね!」
「えー本当に?」
「ほんとよ。それに私の両膝、人工関節よ」
言葉が出ません。あの身のこなし、足取り、声を張り上げての接客。60代後半、いっても70代前半くらいだろうと思っていたおばちゃんが、80歳を超えていました。
年齢だけ見れば「おばあちゃん」なのかもしれませんが、あの姿は、どう見てもやっぱり「おばちゃん」です。

しばらくして、再び、料理を運びにきたタイミングで、もう一度聞いてみました。
「おばちゃん、トレーにたくさん乗せてるけど、重くないの?」
すると、少し自慢げに腕を差し出すおばちゃん。
「ほら、触ってみて。すごいでしょ?」
触れてみると、80代の女性とは思えないしっかりとした筋肉⋯。
「すごい!最初、お見かけしたとき60代だと思いましたよ!」
おばちゃんは、少し照れたように笑って言いました。
「ここで働かせてもらってるから、若くいられるの。今日もね、もう4時間立ちっぱなし、動きっぱなしなんだから」
そうなんだろうと思います。これだけ動いていれば、体力もつき、若さを保てるでしょう。

40代半ばを過ぎ、視力の低下や筋肉量の減少など、やや身体の衰えを感じる場面も増えてきましたが、80代で両膝に人工関節が入っているにもかかわらず、小走りでホールを駆け回るおばちゃんの姿を見ていると、「衰えを実感」なんて言葉を口にするのも、どこか気が引けてしまいます。
十分に働いてきたから⋯動いてきたから⋯と、立ち止まり、のんびりと暮らすことを選ぶのもまた一つの生き方ですが、「まだまだ働くわよ」と笑いながら前に進んでいるおばちゃんのような生き方は周囲に力を与えるので、とても憧れます。
いつか自分も、「もう歳だから」とつぶやきたくなる瞬間が来るのかもしれませんが、そんなときは、触れさせてもらったおばちゃんの腕の感触を思い出して、背筋をそっと伸ばしてみたいと思います。
マレーシアに戻る前に、本当に素敵な人に出逢えてよかった。
最後まで読んでくださりありがとうございます。
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ご訪問ありがとうございます、たびなすび(プロフィール)です。現在、マレーシアのペナン島を拠点に生活しています。このブログでは日常の小さな気づきや、心に残った旅の瞬間などをお届けしています。このブログが新たな冒険や発見のきっかけになれば嬉しいです。「住みたくなるようなお気に入りの街」を探す旅に出てみませんか?