2026年8月某日

パコーン、パコーン。

「いい音⋯」

鮮やかなブルーとオレンジに塗り分けられた小さなテニスコートのような場所で、4人が羽子板のようなラケットを手に、ネット越しに黄緑色のボールを打ち合っているのを目にしたのは2024年の暮れのことです。

「ちょっとした新しい遊びかな」

そのときは、温泉旅館の卓球や、かつて公園で見かけたゲートボールのように、仲間内で気軽に楽しむレクリエーションなのだと思っていました。

ところが、2026年に入ると、「やってみたいかも⋯」と、ピックルボールのルールや、パドルと呼ばれるラケットについて検索しはじめていました。

きっかけは、近所にピックルボール専用施設が次々とオープンしたことでした。よく行くインドカレー屋さんの向かいに6面、さらに別の場所には16面もの専用コートができました。

流行りの曲が大音量で流れる、開放的でおしゃれな施設。ここまで身近な場所に次々と現れると、さすがに気になります。

「ピックルボールやってみたいんだけど、やったことある?」

ある日、妻が美容室でそんな話をしたところ、美容師さんから「やってるよ!来週も行くから一緒にやる?それなら、まず、Reclubに登録して」と。

言われるがままインストールしたReclubはスポーツ特化型のマッチングアプリでした。

美容師さんが翌週参加するというオープンプレイ(=その日、コートに集まった人たちがペアや対戦相手を替えながらゲームを楽しむ気軽なソーシャルプレイ)を教えてくれたので、僕たちも2026年4月末、初めて参加することになりました。

一瞬でハマりました。

普段あまり使っていなかった太ももやお尻の筋肉を一気に動かしたせいか、その後一週間はひどい筋肉痛に。階段では手すりが欠かせず、トイレでは便座に腰を下ろすたびに「おぉぉっ⋯」と声が漏れるほど、体中が驚いていました。

でも、それは運動不足を実感していた僕たちが求めていたもの。

3ヶ月ほど経った今では、空いている時間にピックルボールを入れているのか、ピックルボールの隙間に生活を入れているのか、わからなくなるほどです。

今なら「なぜ、ペナンに住んでいるの?」と聞かれたら、「ピックルボールが気軽にできるから」と答えてしまいそうです。

Reclubの画面をざっと眺めると、ペナンでは一日に70〜80件ほどのコミュニティがペナン島内のあちこちでオープンプレイを開いているようです。

各コミュニティにはオープンプレイを主催するオーガナイザーがいますが、参加者は固定されていません。そのときに都合のつく人が申し込みます。

その日の予定に合わせて参加先を選べるのがReclubのよいところで、空き時間に近所で行われているアクティビティを探し、「今日はここに行ってみるかな」と参加リクエストを送ります。

リクエストが承認されたら参加費を支払い、あとはパドルを持ってコートへ行くだけです。

本当に、ただ行くだけ。

そして、たとえば、3面のコートに24人が集まれば、12人が同時にプレイし、残りの12人はコートの外で待機します。

各コートでのゲームが終わるたびに、オーガナイザーが参加者のレベルを見ながら、次の組み合わせを決めてくれます。

「次はAさん、Dさん、Kさん、Mさん。2番コートね!」

名前を呼ばれたら、指定されたコートへ向かいます。参加者はそこにいるだけで、次々と違う人とゲームができるという仕組みです。

待っているあいだは、ゲームでペアを組んだ人や、近くで目が合った人たちと少し言葉を交わします。

「よくピックルやってるの?」

「えー!あなた日本人だったの!?私、先月行ってきたよ!」

「ペナンが好きで、気づけばずいぶん長く住んでるよ。ほら、僕のパドルのガードテープとグリップを見てよ。ペナンの州旗と同じ色でしょ。それぐらいペナンが好きなんだ!」

話しはじめて4〜5分もすると、また名前を呼ばれ、コートへと向かいます。話の続きは、あるような、ないような。その軽さが僕にはとても心地よい。

飛行機や長距離バスで隣り合わせた人と、軽く挨拶を交わす感覚に少し似ています。

オープンプレイの多くは2〜3時間ほどです。プレー中は前後左右に動き回り、待っているあいだは近くの人と話したり、ほかの人のプレーを眺めたりしています。スマートフォンもほとんどの時間はカバンの中。取り出すのは、妻がプレーする様子を動画に撮るときくらいです。

僕は2年ほど前から、XやInstagramなどのSNSアプリを端末から削除し、月末日だけ再インストールし、コメントに返信したり、1ヶ月にあったことをさっと投稿するといった使い方をしています。SNSは依存しやすいわりに、生活をそれほど豊かにしてくれるものでもないと感じたからです。

実際には自分とあまり関係のない情報が次々と流れ、それを眺めているうちに長い時間が過ぎていきます。本人の口から聞いたわけでもない誰かの近況まで、気づけば頭の片隅に入り込んでいます。

そうした情報との付き合い方や時間の使い方に少し疲れ、ソーシャルメディアを含めネットに触れる時間を意識して減らしていました。それでも、少し時間ができると、ついネット上の情報に手を伸ばしてしまいます。

ところが、ピックルボールのコート上では意識が向くのは目の前のボールと、そこにいる人たち。スマートフォンと距離を置きたいと思っていた僕にとって、ピックルボールとの出会いは最高のタイミングでした。

ピックルボールの予定が入っている日は、少なくとも2〜3時間はデジタルデトックスできます。

とはいえ、デジタルデトックスをするためにピックルボールを始めたわけではありません。

もちろん、競技そのものも楽しいです。ただ、ここまで夢中になっているのは、それだけが理由ではない気がします。

Shadows of two people are cast on a wall.

Reclubを通して、空いた時間に気になるコミュニティへふらっと参加し、初めて会う人と少し話す。その数分後には、同じコートで一緒にボールを追っています。

スポーツを通じた新しい出会いと、その心地よい距離感も、ここまで夢中になっている大きな理由だと思います。

ピックルボールが楽しいのか、Reclubが優秀すぎるのか⋯。

たぶん、どちらもなのでしょう。夫婦そろって夢中になれるものに、このタイミングで出会えたのは幸運でした。

最近は友人と食事に行く際にも、つい熱くReclubの話をしてしまうので、「リクハラ、ピクハラするかもしれないけど、ごめん」と、あらかじめ謝っておくことにしています。

そんなピクハラの影響か、日本にいる母からも、最近こんなLINEが届きました。

「私は形から入ったわよ。JOOLAのパドルとシューズを買ったわ。来週は池袋のレッスンに行ってくる!」

最後まで読んでくださりありがとうございます。
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ご訪問ありがとうございます、たびなすび(プロフィール)です。現在、マレーシアのペナン島を拠点に生活しています。このブログでは日常の小さな気づきや、心に残った旅の瞬間などをお届けしています。このブログが新たな冒険や発見のきっかけになれば嬉しいです。「住みたくなるようなお気に入りの街」を探す旅に出てみませんか?

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